2014年05月29日

供養とクリーニング



ホ・オポノポノでいう所の『記憶』は、今生の記憶のみならず、過去生や
先祖の記憶すら含まれると言います。

その長い人類の歴史の中でも、特に重い記憶の一つが『戦争』では
無いでしょうか?

「人類の歴史は戦争の歴史」という言葉があるくらい人類の歴史と戦争
は切っても切れぬ関係です。


当然、自分や先祖が何度も生まれ変わっていれば、その中で少なくとも
1度くらいは戦争体験の記憶があるでしょう。

もしかしたら、なかなか変えられない自分の一面。
例えば、「臆病で最初の一歩が踏み出せない」、「人が怖い」、
「未来に悲観的になってしまう」などの面が、どんどん記憶を辿って行くと、
もしかしたら過去の戦争記憶とつながっているかもしれません。

そして、それらの記憶は決して悪いものではなく、その時に自分の身を守る
為に必要だったのでしょう。



戦争ともなれば、それはそれは深い憎しみ、怒り、恨みが渦巻いているでしょう
から、そう簡単に敵を許す事など出来ません。

下手すると、親の仇どころか、会った事も無い先祖の仇の為に100年近く戦争
が続いた例も。



そんな中、昔の日本には敵味方なく慰霊するという素晴らしい精神が存在しました。


有名なところでは、

身内も自らも、壮絶な運命に翻弄されながら、中尊寺に金色堂を建立、敵味方の
区別なく弔う大法要を営んだ藤原清衡

川中島の合戦後、戦場に残された6千とも8千とも言われる遺体を敵味方なく集めて
手厚く葬り、武具に至るまで取り揃えて敵方に引渡したと伝えられる高坂弾正

その他この手の話は数多く残されています。




話は変わって、ホ・オポノポノでは
「記憶には良いも悪いも無い、ただ顕在意識がそうジャッジしているだけ」
と説いています。

故に良いと思う出来事も、悪いと思う出来事も
全く同じようにクリーニングして浄化する事を勧めるホ・オポノポノは
何となく先にあげた、敵味方なく供養する精神と通じる気がします。


例え自分を苦しめる原因となった記憶ですら、決してあなたを苦しめようとした
訳では無く、きっと過去何か必要があって生じたものなのでしょう。

ちょうど、敵兵士が自ら守るべきものの為に戦ったように。




「人生の目的はクリーニングする事、それ以外はない」という
ヒューレン博士の言葉にしたがい、どこに行くにもクリーニング
しに行くという気持ちで出かけています。
そして、目にするもの、耳にしたもの、感じた事、全てをクリーニング
していると、まるで自分が、古戦場に彷徨う魂を供養しながら歩き回って
いる僧侶のような気持ちになってきます。

嫌な上司も、悪霊となって古戦場で荒れ狂う落武者の霊を供養している
と思えば気が楽になります。

念仏を唱えるように、クリーニングの4つの言葉を唱え続けていれば
いつかは成仏するでしょうし。

いや、その上司本人が、では無く、そこにある記憶が、っていう意味ですよ
念の為に(笑)



人や生き物のみならず、物、土地、建物など全てにアイデンティティがあると
説くホ・オポノポノ、そしてそれらの多くが傷付いていたり、疲れていたり、
するそうです。

特に土地は長年の歴史の間、多くの悲しみを抱えているそうですが、その
ほとんど多くが誰かに癒された事は無いでしょう。

そうした土地をクリーニングしながら周っていると、声すら聞こえはしませんが
何となく、喜んでいるような気がします。


あるいは、道中でふと目に入った物をクリーニングする時は、旅の途中で
道端に佇むお地蔵さんに手を合わせる旅の僧にでもなった気分です(笑)



ホ・オポノポノのクリーニングと仏教の供養。
記憶をクリーニングする事を、記憶を供養すると置き換えても
違和感が無い気がします。




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posted by うに at 18:14 | Comment(0) | ホ・オポノポノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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